2009年7月2日木曜日

平凡な僕

 僕は平凡な人かも。大学から今まで、もう七年目だ。ひとつの成績もなかった。頭はだんだん鈍くなってる。簡単な計算問題までよく間違った。以前は、いろいろ現象に自分のものを考える習慣があった。今は、ただこの問題はこの有名人が言った、その問題はその有名人はそういう主張を言った。自分の思いはだんだんなくなった。時々、考えたことがあるけど、本など勉強がものすごく不足のせいで、理論的な解釈ができない。問題を見るときも、知識が不足なので、新しく発見がほとんどなかった。
 それに、今の自分は、口実ばかり、自分は怠け者じゃない人を証明するために、いろいろ理由が見つけた。でも、結局、自分は怠け者だ。毎日パソコンばかり、なぜなら、パソコンを使って、ニュースや映画など見るだけ、考えの必要がない。僕は考えことはいつのうちにいやになった。この世界に対して、好奇心も少しずつなくなってる。一人のせいで、誰も僕のことを気にならないから?あるいは、一人の生活はもう長すぎる?

2009年6月15日月曜日

一人のにぎやかな

 一人いたとき、寂しい感じがある。誰と話し合いたいけど、残酷のは、隣に誰もいなかった。自分の人生に、いろいろ人があった、毎日あった人も少なくない、話したい人はない。
 悩んで悩んでも、悩みの解消の方法がない。自分の

2009年6月13日土曜日

弱さ

 日本語の勉強、ぜんぜん足りなかった。
 今日、あの店でアルバイトを本番にやった。自分はやる気ままでやった。しかし、言葉の壁は前に立てた。店長の指示を聞いたとき、意味がわからなかった、何もできなかった。僕は初めてあの店でアルバイトをやるために、店長は僕に対してる態度はまたいい。でも、このあいだ、僕は成長しないと、首は当然、一番まずいのはあの店の日本人たちは、あの人(ぼく)何もできないという。それなら、あの店でアルバイトをしなかったほうが益し。僕は、僕のブランドを作りたい。社会人として、人は僕の名前だけ聞くとき、あの人はかなり優れる人の好評がいわれるほしい。僕の頭はいいじゃないかもけど、努力したら、自分に合う成功は必ずできる、僕はそういうことを信じている。馬鹿のシンヨウ、がんばってください。お前は世界中、一番の人。

2009年6月11日木曜日

健康

 僕は心理できな病気があるかも。毎日うちに帰って、ずっとパソコンを持っていた。本当にやることもなくても、離れられない。この習慣はもう一年ぐらい。今また続けいている。やめないと、僕の人生はそのまま終わるはずだ。僕は抱負がある人だ、そのままなら、きっと悔しい。自分も自分を許せない。明日から、パソコンを使う時間は短縮すろう。自分の未来ために。
 

2009年6月10日水曜日

迷う

 もう二十五歳一ヶ月、子供じゃない。大学生時代、二十過ぎでも子供の感じしだ。大学を出てから、としは一歳だけとった、もう子供じゃないの実感ははじめに感じた。それで、もう卒業した三年、自分のある友達は今日から卒業になって、うちに帰って、社会人として生き続ける。彼女の今、三年前の僕、同じだ。彼女の心の中に、自分は子供じゃないの感じがあるはずだ。いきなり大人になることもない、ただ自身からだんだん子供っぽいの物は少なくなっている。化学変化は、時間は必要だ、人間の社会役の転換は、時間も必要だ。
 昨日、大阪に来てから、初のアルバイトをやった。最初だから、店のことは一斉わからなかったので、三時間のバイト時間、ほとんど店のメーニュを見ただけ。絵のものから、名前だけ覚えた、実物は何物か、ぼんやりした。帰った前に、店長は僕をキッチンに入られて、仕事の流れを説明して、そして、僕最初やるの洗い場の仕事内容を、結構詳しく説明してくれた。つまらない三時間だ。
 このバイトは、長期でやるかとうかは、今の段階でわからないけど、自分で探すの初仕事ので、僕はきっと精一杯やるつもりだ。
 朝のラジオによると、関西地域は、今日から梅雨に入った、出かけたとき、曇りだった、雨が降りそうだったけど、降っていなかった。午後の授業を終わったあと、うちに帰りたかったとき、雨は降っていた。学校に残さないといけなかった。
 うちに帰ったとき、梅雨を実感した。雨がふっていたから、湿度は結構高かった、太陽は見えなかったが、皮膚は熱を感じして、少しだけ汗も出ていた。インターネットで父としゃべっていたとき、そういうことをはなした。父はふるさとの梅雨は来月本番だといった、ちょっとびっくりした。そんな遅くまで、父も確実の日々も知らなかったと思った。
 好感を持っている女をあった、実際にいろいろ放したかった。けど、二人いたとき、ずっと黙った。最終、彼女が帰ったとき、自分は一緒に帰ろうと誘うこともしなかった。心の中に、自分の同じとしの友達は、相次いで結婚して、子供できた、僕は手で自分の生理需要を満足した。天と地の差がある、惜しかった。でも、分析して、実は自分の原因だ。神様は、いろいろかわいい女を僕の人生に現れて、今まで僕は一回の恋もしなかった。

2009年5月25日月曜日

偉い人は普通な人だ

 えらいひとは、素晴らしいことをやってるのは一般的な認識だ。僕はまえ、そういう考えていた。どころが、最近はちょっと変わった。素晴らしいことはひとつのこととしてみると、かなり難しいことかも。でも、素晴らしいことはひとつのことじゃないでしょう。ひとつことはたくさんのことに見れば、実はかなり多い細かいことに組み合わせられるものだ。見方は整体と局部二つがある。簡単なことは局部から見ると、たくさんの細かいことがある。簡単けど、そんなに簡単じゃない。難しいことがあっても、一つ一つまじめにやれば、かなり簡単なことだ。
 

2009年5月24日日曜日

再認識

 今の状況から見れば、世界のどこでも、不況だ。日本で、アルバイトまでなかなか難しい。故郷の中国でも、普通収入の仕事も、かなり困難だ。経済が順調にやっているとき、企業は収益の一部を人材の獲得と教育に投入していた。赤字が普通の今、企業はできるだけ人件費を抑制して、経済の厳冬の終わりまで残るため、必死にやっている。それは企業にとって、当然なことだ。新卒者の僕にとって、かなりひどいもんだ。十数年間勉強して、結局生存できる仕事もない。未来はどこにあるか。
 最近、ピンチの後、チャンスだような話はよく耳に入った。人類は、困難の前に、乗り越えるといういい習慣を持っているものだ。それは人類数百万年の歴史に、とってる貴重な経験だ。その習慣がなしと、人類社会は今まで発展できない。
 データからいうと、今度の経済危機は以往よりひどかったけど、原因は以往のと同じだ。欲求不満な資本者は自分の資源を利用して、経済のバブル化をやらせていた。最終は世界的な経済を破綻させていた。破綻といっても、ただ普通のサラリーマンみたい人の危機だ。金持ちはまだかなもちだ。今度の危機で、破綻していた金持ちもあるけど、彼たちはただもっと金をもらえるために、判断のミスだけ。
 以前の僕は、かなり考え甘い。学歴を持って、普通の仕事はかなり見つけやすい。現実は、需要は供給より下回りにして、生産の人や製造のひとも、いらない状況になっちゃた。
 景気はいくら悪くても、努力して、成功の可能性はまた高い。頭に今度の危機は誰のせいで、うまくできなかったとよくきいた。しかし、成功なひともいる。

2009年5月19日火曜日

 今日から、三年ぐらいのニート生活をして後、ようやく自分の夢は何をわかった。この三年間、ずっと自分は何をやってるのはいいと考えていた。貿易か、会計か、などいろいろ。今もう一度考えて、自分のおもいはちょっと狭いかも。もちろん、人に違って、ある人は一生で同じの仕事をやるのはいい。しかし、私にとって、自分は幅広いものに興味を持っている人間だから、自分葉自分をひとつ専門の仕事に制限させるのは無理だ。そうやれば、自分の人生は簡単になるかも。制御欲欲がかなりたかいぼくにとって、自分の価値を実現できる仕事は僕の夢だ。当然、一生同じな仕事をやっている場合,勤勉で、頭も使って、成果をだすかも。しかし、ぼくは、仕事にたいして、一生で単一の仕事をやるのは不可想像なものだ。好きな仕事は、短時間で、残業でも、やって、終わって、成功かも、失敗かも、でも、僕はとって、この仕事はもうおわった。次の仕事をさがして、再挑戦する。これは僕が本当にやりたいことだ。いろいろ考え過ぎるなら、自分計らい思い圧力を思って、ずっと悩んで、何もできなくなっちゃた。このことを繰り返して、悪循環になったら、自分は自分の人生を恨んで、生きる勇気もなくなるかも。だから、自分の人生は受身じゃない、自分からのものだ。

時間を守る

  大阪に来て、もうすぐ二ヶ月だ。最初は順調だと思った。学校の先生も優しいし、大都市の生活費もそんな高くないし、アルバイトの雑誌をみて、条件もないし、いい二年の生活だった。当時のおもいは、今のと比べて、甘すぎかも。うちのおじも、僕と日本で二、三回あった。あったたびに、ぼくのおもいはあますぎと言った。あのとき、僕はおじの考えすぎたった。いまは、ぼくが間違ったとわかった。でも、人として、甘すぎは欝より増しだ。ずっと自分はなにもできないとおもったら、大体その人は何もできないはずだ。出世できるひとは、必ず天才ではない、大部分は普段の人間だ。ところが、彼たちは平凡な人間より二つのよいところがある。ひとつ目は彼たは素晴らしい目標を持っている。目標は誰も持っているはずだ。たっだ内容は違う。偉い人になるために、ただ平凡な目標を持ってはだめだ。素晴らしい目標を持っていなければ、何もやったり、自分が何があったら、助けることをやれるしかない。独立な思考をしていない。

2009年5月11日月曜日

静かにして、日本語を上手くならない。

 今日は、指導先生の授業が二つがあった。午前の授業は、先輩の発表で、僕はただ静かに聴いた。博士の論文の発表のせいで、僕はあまり質問しなかった。午前の所、指摘られるものはなかった。でも、午後の授業は、かなりひどかった。僕の表現は、日本語を何も学んだことがなかった人みたい。ちょっと意外に、まだ僕の発表だった。でも、その認識はすこしもあった。
 ぼく、あのとき、最初は緊張した。それに、頭に何をかんがえたかったけど、なにもなかった。僕の発表で、僕の話は、先生より十分の一だった。恥ずかしかった。それに、いい練習のチャンスも見失った。
 アルバイトも探し続けている。でも、電話一本もしなかった。

2009年5月10日日曜日

自分らしい

 最近の僕、めちゃめちゃした。学校のgwの十日の連休、何もしなかった。時間はそんなに無駄になった。バイトを探したかったけど、電話をした勇気もなかった。このままに続いて、お金もだんだん少なくて、底をみえるほど。最悪の僕。
 自分はバイトに対して、要望はあまり多くなかった。僕に合うバイトも数十件もあった。しかし、ちょっと電話する勇気がない僕は、意味がない。インターネット応募して、求人方から電話を何回ももらった。でも、僕はかなり緊張して、上手く返答できなかった。せかっく面接のチャンスをもらって、そそっかしくて応答して、不採用は当然だ。僕は、ほんとに弱い人かも、身長は百八十センチがあっても。こらは先の僕だった。今の僕は、負けたくない。中国人も、日本人も。自分は本当にすばらしい人だと思う。努力したら、必ず偉い人になる。今必要な努力は、普通の考える努力と少し違うかも。勇気を出すことと冷静なこと、二つだ。主動的に人と話して、それに、話す時冷静に相手の表情や口ぶりを観察して、適当な対応をする。もちろん、最初は上手く進んでいないかも、でも、自分は、堅持して、しばらくの将来、必ず人との交流を完璧にやれる。今の僕、足りない部分は、どうやって自分のよさを人々に伝達することだ。

2009年3月19日木曜日

大阪のあさ

 今日の電車、大阪に到着した。大阪に来たのは、今回は三回目だった。前の二回は、全部は試験のために、来た.第一回は、失敗しちゃた。二回目は、ちょっと準備していたから、合格した。当然、学校のレベルは前回のよりけっこう低い。でも、一生懸命に勉強したら、留学生として、どちらの大学もいい。
 今回は、部屋探しのために、ここに来た。以前は、日本語学校の寮はかなり安い、光熱費込み一ヶ月最大二万円かがった.今、一人暮らしの陰で、最低四万円かかりそうだ。それで、大学のまわり、工場はあまり少なかった、コンビニでバイトをやったら、一時間八百円くらいの給料、以前より二百円減、生活は難しいね。費用はプラスしている一方、収入は下げている。
 大阪は日本の第二大都市である。僕にあげてる感じは、けっこう親切なところだ。静岡の田舎より、ちょっと汚いかもけど、貧乏なひともいっぱいがある。昨日の夜、大阪福祉センタの前、人がいっぱい集まっていた・政府から救済金をもらっていたあるいは申請していた。この人たちは汚い服を着ていた、五十歳の男性は一番多かった。それで、住んでいる安いやかんは、まわりのところ、大阪の貧しい人は住んでいる.だから、治安はあまりよくなかった。女性はここに住むのは、安心できない.お休み。

2009年3月16日月曜日

集中力

 以前の恋人は、最近気分があまりよくなかった。僕はいつも彼女にメールを送って、返事は全然なかった。どうして彼女は今不運だって分かってるか、彼女のブログの更新のおかげで、分かった。僕は彼女と、メールで知った。二人は手紙や、電話や、メールでいろいろ話していた。だんだん感情が深くになった。最後は、恋人の関係になった。恋人と言えでも、一面だけ。時間も短かった。それで、彼女は北の都市で大学の生活が始まった一方で、僕は故郷を帰って、来日の準備をして、日本に留学に来た。この間、彼女はあたらしい彼氏ができて、最初はけっこううまく行っちゃた。でも、新鮮期が終わったすぐ、飽き飽きになって、離れて、間であった、これで繰り返した。今、もう限界になりそうだ。ちょって残念けど、美人なんか、僕はキスもしなかった。彼女の最初の恋人は、うれなんか、恥ずかしかった。過去も行っちゃた、今心配することは、明日だ。ちょっとやる気を出して、がんばってね、シンヨウ。

やむえない

 今日は、ビザの更新のために、浜松に行った。入管は駅からけっこう近いところにあったが、僕は自分のぼんやり記憶を信じて、遠い道を歩いた。十分ぐらい無駄に使った。いつも、自分はあとの大学院で二年間しかない勉強すると思った。二年間は、短いことだね。何もできないって自分に話してる。でも、時間をかなり効率化で使って、何でもできるまで言えないけど、やるべくことを完了できるはずだ。時間を無駄したら、たっぶり時間があっても、結局何でもできないことがよくあった。僕も、この経験があった。当然、あの時、自分の心の中に、問題もあった。二重のせいで、失敗しちゃった。
 不動産の収入で、僕の留学のための債は返れた。でも、父は自分の名義でほかのひとに五十万の人民元を借りて、ある叔父さんに貸した。当然、あの叔父さんはけっこう金持ちだ。いまはそんな不況で、少しお金を借りて、危機を乗り越えすかも。でも、父はある程度の責任を持った。拘ることもできず、難しいもんだ。
 
 

2009年3月12日木曜日

違いの僕

 寝る前に、自分はいつも自分がこの一日間のことを批判している.特に自分が不真面目などころだ。でも、翌日の朝、自分はまた悪い自分になってしまった。時間を無駄してる。このこと、子の二年間ずっと繰り返していた、今日まで・
 そのまま、続けるなら、日本へ留学することの意味がなくなるはずだ。逆に、いろいろな悪い習慣は身につけた。両親は結構大金を出して、僕の留学にささえていた・
 今のおれ、もう最悪な所にいてる。二年間の日本語の勉強を経て、言語という難関はまだ乗り越えない。ビザのために、三流の大学に入って、どんでもないの専攻を勉強する予定だ。
 日本語で今自分の心境を表すことはかなり難しい。今の僕、どんな気持ちを持っているか、自分までも分からない。国へ帰りたいけど、本当に国へ帰ったら、自分はなにもできない.それより、日本にいて、何か勉強しているながら、チャンスを待っていた方がいい。
 昨日は、お袋様の誕生日だった。前の日、僕は父にアドバイスをして、母と一緒にレストランで晩御飯を何かたべるといった。父は、肯定して答えた。でも、昨日に両親がラストランに行った化、明日電話して、確認するつもりだ。僕は日本二留学に来て以来、両親はかなり節約している。両親二、僕はいっぱいな感謝の気持ちをもって、いつか彼たちにはなすか、まだ答えない。

2009年3月10日火曜日

これから

 日本語学校のことはもうすぐ終わった.新しい階段ははじめるところだ。あまりまじめなかった二年間ので、予定の学校にもうしこむ勇気もなかった。かなり失敗な二年間だった。自分はあまり勉強していなかった.自分の頭は、全部不確実な恋情ばかりだった.失敗はかならずのもの。今から、自分もあの恋情二、諦めた.この恋情はもう自分の力の以上のもんだっだ。つまり、不可能なものだった。自分にあう女の人は、自分の努力で獲得するものだ。
 余計の話をした・今書きたいものは、それから自分の勉強だ。僕は今三流の大学の大学院の経済研究科に進学する。以前、大学で経済のことはあまり勉強しなかった.自分の趣味で、少しの経済関連の本を読んだいただけ・基礎は結構悪かった。経済勉強の必要な英語も、一言も話せない。困難などころだ.どうやって、今の状態を変わってるか?時間を十分に使わないといけないと・

2009年2月4日水曜日

迷子

 最近、なんとなく、誰かと話したい。寂しい時間はもう長かった。それに、月末に試験が二つある。いまの準備は、なかなかうまくいけない。自分は寒いことが好き。けど、午前中日本語学校で勉強していたとき、エアコンの設定温度はずいぶん高かった。この中にいると、頭は活発できなかった。寝ることばかり考えていた。すむところも、一人住んでいなかったので、もう一人入るとき、必ず暖房をついて、温かかった。窓もあまり開けなかった。空気はけっこう混濁していた。冷静的な勉強はもちろんできなかった。

2009年2月3日火曜日

ぐずぐずしない

 人は、他人に叱られることはけっこう嫌いだろう。人間はほめるものだ。僕も、そういう人間だ。しかし、僕はいいところはあまりないので、他人はぼくをはめたがっても、ほめにくいはずだ。今日のバイト、簡単な仕事だった。けど、僕はうまく完了した。いい気になった。だれもいい、ほめてもらいたかった。結局みんな私の前に静かに通過した。がっかりした。
 僕と仲良くのいとこは、故郷の無錫からいまの住所の福州に帰った、昨日の夜のことだった。不幸なのは、何かのウイルスを体についたかも。家に着くと、すぐ発熱や、風邪などの症状が出ちゃった。今日、僕は彼に電話をしたとき、あそこ側からの声に、咳をしてる音も含まれた。もう三十代の人だ。この数年間に、自分の商売のために、いそがしくて、いそがしくて、自分の体を動くことがすっかり忘れちゃっった。彼は僕よりスッボツが好きな人だ。またそんな情況だった。僕はいま二十四歳だ。まだ六年。どうやって健康な体を持ってるのは、個人に、一つの課題が残す。
 先前、一緒に静岡の日本語学校に勉強に来た劉さんと喋った。彼女は真面目に働委ながら、勉強している。去年の年末は、愛知県立大学の入学試験を受けて、合格した。今年四月に進学予定だ。僕はまだ悪いことをやった。うそをついた。自分の失敗は認められなかった。そうすれば、今後の勉強は、いまの予想とおり、できるかとうか、はっきり分からんだ。

2009年2月2日月曜日

時間を守る

 誰でも、一日二十四時間しかを持たない。どうして有効的な時間を使用するかは、いまの私に結構解決しないといけない問題だ。試験まで後二十日未満。人生の終わりまであと百年未満。やりたいこと一杯ある。
 この問題に対して、いい方法は僕がまだ思い出さない。いま必要なことは、ちゃんと時間をまもることだ。何時からどのくらい時間をかけて事情を完了するのはきちんとやるべきだと思う。僕は日本に来て以来、もうすぐ二年だ。バイトもあまりしなかった。貯金も全然ないし。自分に残った時間がたっぶりあった。残念のことは、そんなたくさん時間があっても、僕は有効利用できなかった。日本語はまだ話せない。専門の勉強も、今学校まだ決めていない。毎日、たっぶり時間を何のために使ってるか気にならないうちに、浪費してしまった。今日から、時間を有効利用し始めたい。
 夜八時から、僕は四十分ぐらいかかって散歩した。今年の二回だった。外に、星空を見て、部屋より新鮮な空気を吸って、いろいろ考えた。一人でいろいろものを冷静に考えるのは現代人とって必需だろう。自分の目前のことだけ考えると、人は成長にならない。
 今日は、自分が彼女は僕の恋人と思う人からメールをもらった。ただ きみ、いまなにをやてるか と書いた。私はすぐ返事しなかった。工場でバイトをやっていたのせいで。寮に帰った後、僕は返事した。そのとおりだ。ごめんね、すぐ返事しなかった。最近いろいろことをやらないといけないので、結構いそがしい。だから、毎日メールを送るのはたぶん無理だ。あなた、体に注意して、幸せに過ごしてほしい。何があった、僕にメールを送って。僕は何があった、たぶんあなたにメールじゃない、電話をやるかもしれない。きっと、すぐ着信するのをほしい。かかった通信料は僕が払う。あなたのこと、すぎって書き終わった。あの時、心にまだ怒りがある。この間、僕は毎日彼女にメールを送ったり、電話をしたりしていた。彼女は全然返事しなかった。彼女は僕がいまテスト勉強がいそがしいところで、私はほかのものを考えさせられないように、返事しなかったと思った。けど、今日はいきなりそんなメールを送った。この前、何で返事しなかったと説明もないしメールを送った。これはなんなんのか。僕は本当に恨んだ。いつかいつか、彼女のことを忘れたい。けど、できなかった。彼女は私が彼女を愛してることをしりながら、ほかの男と付き合っても、まだ彼女のことが好きだ。五年前、彼女を出会った。あの時、僕の幸せが始まると思った。今考えると、実は僕のつらい生活が始まっている。彼女は、僕一生の悪魔だ。

2009年2月1日日曜日

弱虫

 最近、いきなり、泣きたい。外国で一人暮らしは結構寂しい。それに、いまの私、ここにくるむ目標はまだ達成しない。ときどき、誰かと話した言って思う。だから、この間、ほうぼう毎日父に電話していた。よく話した。けど、父に、言えない話もあるはずだ。恋人か、友達か、誰もいいはず。恋人の場合、彼女は僕の恋人と言うことは、私だけ承認している。彼女はただ私のことが不嫌気高も知れない、好きな言葉が聴かれなかった。でも、よく話していた。でも、最近彼女に送ったメールは返事が全然なかった。この前、{君は試験が直前にあるので、一生懸命べんきょうして、ほかのことなにもかんがえなくて}彼女は僕にそう言った。たぶん、この話ので、彼女は何も返事がなかった。けど、いまの僕、本当に彼女とはなしたい。僕の心からの寂しさを解消するために、話したい。僕は一人じゃないと言うことをもう一度証明したい。いまの情況、無理みたい。人生は、気持にあわないことが八十パーセント占めたもんだ。友達は、以前の親友みたい。感情はかなりよかったと思った。高校卒業して以来、関係はだんだん冷たくなった。何度も話せることもできなかった。一年に2,3回あった、挨拶だけの話。いま、私は日本にいてる、彼も結婚して、子供もできた。共通の話題はなくなかった。昔のこと、戻れないもんね。懐かしいこと。五年前の彼女、不邪気な少女だ。きれいな夢を持って、真剣に努力していた。同じ人けど、いまの彼女、もう普通の女になってしまった、もう困難を乗り越える勇気がなかったため。夢以外のことばかり考えていた。僕も、いま直さないと、ただ物を尊敬する人になるはずだ。もう危険だ。自分の夢のために、がんばって、shenyang。

2009年1月28日水曜日

節約と贅沢

 最近の経済、危機という。今日のニュース、日本製造業の大手企業はほとんど赤字になった。sonyを初め、松下や東芝など大手企業の赤字は千億円以上だ。利益がまた残ってる企業も減収減益になった。このせいで、ただこの一ヶ月に十万人の失業者が増えていると予測する。中小企業だけじゃなく、大手会社に勤めている正社員もリストラの可能性が一段高くなってしまう。この上で、節約という言葉はすぐに流行っている。みんなは安い物を買ったり、必需品だけを買ったりしている。いまスーパーなど流通会社の売上高は前より減少する一方だ。デーパトは経営難の局面になった。経営黒字のデーパトは全然聴かれていない。ネット販売は盛んでいるけど、流通各会社の小売の売上高はマイナスだった。相対的な高い物は全然売られない。企業側はコストを削減したり、一定の利益を保ったりするために、研究経費を削減して、高級品の開発を停止して、安い物を中心に、生産している。

2009年1月26日月曜日

新年の希望

 今日は中国の正月の第一日だ。僕は、親戚に電話で挨拶をした。速すぎたみたい、電話をしたとき、ほとんどの方がまだ寝ていた。本来、挨拶をしたかったが、実に他人の睡眠を邪魔した。でも、私は電話で挨拶の本意はよかった。自分もそういうふうに思っている。
 次に、僕の新年の希望について、話したい。昨年、僕の本命年だった。中国で本命年にいろいろ不順なことを遭うという噂がある。僕は昨年、けっこう運がなかったはずだぅった。二人のお爺ちゃんがなくなった。僕は日本にいたせいで、彼たちの死の前、最後の一面も見えなかった。残念なこと、遺憾なこと、つらいこと。それに、大学院にの進学試験は結局失敗した。あの時、僕はたくさんの時間を空いて、受験勉強の時間として、使いたかった。最後は、あの時、恋のことに、迷っていた。勉強の気が全然なかった。失敗は当たり前のことだっただろう。自分も知っていたけど、怪しかった。今の情況、あの時とよく似ている。いま、自分が努力しないと、この一生は失敗だかも。チャンスは三回がない。
 話したい話題に入るぞ。今年、僕の希望は何か?直前のことは、試験だ。二月の試験、全部合格したい。それなら、この数年の生活、選択できる。二年の大学院生活を選んだら、日本語を身につけて、帰国して、発展のチャンスをさがすことになるはず。四年の大学生活を選んだら、コンピューター相関の知識を持って、日本で就職して、数年を経て、帰国して創業の経験とお金を積んで、一つの道だ。でも、時間が掛かるだろう。恋愛や結婚などのこともできず、親孝行もできず、かなり厳しいみちかも。実は、今年のもう一つ希望は、若い女の子と性交をやりたい。今まで、僕はもうずく二十五歳だ。女とキスもしないし、手を握ることもないし。でも、中学生から、エッチな本や映画を見たこともあった。あのときから、女の子と性交したかった。この念は、いままでもっている。残念なのに、運がない。まだ処男なのか。

2009年1月25日日曜日

自分になりたい

 子供から、先生に偉い人を手本として学ばせたことがあった。いつもだれだれのいいところだけ単純なぼくたちに教えた。あの時、自分は有名人の誰かを選んで、努力したこともあった。でも、自分の弱点を気になって、どうやって克服するか、あの時の僕らの気持か、何も教えられなかった。つらいことだった。楽しいか、悲しいか、それをかかわらず、分からないうちに、僕は成人になった。でも、成人の世界にまだ入らなかった。まだ勉強したいっていたので、僕は父母に支えられて、外国で生きてる。いまここにいるけど、ほんどに何か勉強していなくて、迷ってるみたい感じしてる。逃げて、逃げて、自分は自分をしかっている。ときどき、想像中の優等生みたい、勉強していたけど、続けられなかった。なぜか、自分もはっきりしっていない、多分これは自分に合わない道かもしれない。いと
 今日は中国の新年なんか、楽しい一日はずだ。僕はそういう感じしない、普通だと思う。幼いとき、ずっと新年を期待していた。おいしいものがたべられたり、いとこ達といっしょに遊んだり、親戚からお年玉がもらえたりしていた、子供に対して、けっこういいものだ。成長しながら、新年の感覚がなくなっていた。いとこたちが自分の家庭をつくっていながら、いろいろな社会経験を生んでる、僕との話はただ挨拶だけ、もっと深く話すことができなかった。高校時代、大学時代の友達も、そういう感じした。子供の僕、単純だっていわれるけど、気持は誰にも分かられるようにして、全然さびしくなかった。いま、子供は楽しいものだと言う、多分そういうかげだ。いまの僕、けっこう寂しく感じして、自分の心、いろいろ話しがあるけど、だれかにはなすか、知らない。父とよくはなしてるが、ある部分の話は話せなかった。ずっと心に埋めてる。僕は彼女を作ってためしていたけど、結局はなにもなかった、それにかわって、心の悩みがもっともふえていた。寂しくてたまらない、誰は私の物を理解してもらうか、待ってる。

今日、この冬、もっとも寒いの一日

 今日、雪が降った。けっこう小さかったけど、降ったとき、僕はちょっとバイト先への途上だ。服の上に、雪が残った。でも、すぐ溶けちゃった。いまのところ、雪はあまり降らないと言われてる。今日は降った。気温もこの冬に入って以来、一番寒い日だ。これから、気温はだんだん温かくなるだろう。僕の心も。自分は自分に騙された二年あまりがあった、今日まで終わった。本人と自分が想像していた人はずっと間違っていた。ここにひとりの生活が、寂しく感じした。いつのあいだ、もう一人は自分の頭にできた。自分が自分と恋をやる人間じゃないので、僕は以前自分を愛してると僕に言った女の人をモデルに、想像して、愛していた。当然、あの女と、日常の生活にも、連絡をとった、つらい話をしたこともよくあった。そのせいで、じっとあの女はまだ私を愛していた。何の原因が、わからないのに、あの女は時々私を愛してるって話もあった。でも、あの女は恋人を持っていた。いろいろので、ぼくは、いつも彼女が僕の恋人として、存在していた。
 本来は、私と彼女、話し合うときがけっこう少なかった。挨拶の会話みたい話しをやった、ほんどに恋人同士の話じゃなかった。あのとき、親戚じゃなくて、僕の話、挨拶の話だけど、聴いてる女の人が、いたの、うれしかった。たまたま、彼女に電話をやった。今考えてるところ、これはたった能友達だ。それに、自分の教育水準や今の状態を思えれば、恋人なんか、不可能だろう。
 ただ自分の思いだけど、ずっと僕の恋人だと信じてる人は、実は僕ただの普通の友達だと言う現実を分かるところ、なんとなく悲しく感じしている。
 旧暦の正月もすぐくる。つらいことはトンドン今年の最後のひにのこった。自信を持って、新しい一年に、いろいろ挑戦をやりたい。僕の人生はくろいのものじゃなく、面白いものはずだった。

2009年1月21日水曜日

やりぬき

 もう三ヵ月半、ここに何も書かなかった。普通の三ヶ月と言えるけれど、いろいろ経た。この国で、始めた大学院の入学試験が落ちた。マイナスニュースか、僕に対した。けど、自分の努力不足のせいで、おちたことはあたりまえじゃないか。でも、なんとなく、自分の心のどこに惜しいなんか気持が残ってる。いつも自分は心が強い人だと思ってる。何の困難にあっても、できるだけ、一人で解決にしていた。人の前に、男だと思って、あまり泣けない。
 一人の女の人、関係が微妙になってしまった。結果がどんなになるか、知らないけど。二人が今楽しく行けば、もう充分だ。将来のこと、誰もはっきり結論ができるのは無理だ。いまの経済、なかなか大変になってる。結構大勢人が、努力しても、いい生活ができなかった。もう嫌だった。現実のことか、人のはなしか、信じられない感じまで嫌だ。変な事故が相次いでる。体が一つ一つ分かれたこともある。ひどく残忍だった。被害者の親族が犯人を死刑させてるって裁判官にそんな求刑をやった。でも、死刑かとうか、法廷のことだ、ふんだんの人間、あまりあえない。